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12.「不二三十六景 安房鋸山」 歌川広重 嘉永5年(1852)
風景画で名をはせた浮世絵師、歌川広重は、房総を二度旅行しています。嘉永5年には江戸から木更津に船で着くと、鹿野山から外房の小湊や清澄を巡り、内房へ回って鋸山の日本寺も参詣、木更津へ戻りました。この旅で房総の名風景をスケッチした広重は、すぐに「不二三十六景」シリーズを刊行し、房総を含む富士の名所を紹介しました。その一つが「安房鋸山」です。
安房と上総を引き分けにけり、と言われた奇峰鋸山。その独特の尾根がそびえる姿は、多くの人をひきつけました。とくに中腹にある日本寺は羅漢石仏で江戸にまで知られる名所で、広重も羅漢寺という通称で、旅日記に記しています。この図は、鋸山を珍しく内陸から見た構図で、そのそそりたつ尾根をよく表現した傑作です。広重が実際に見た構図であることは確かで、画面左側には、現在の鋸南町勝山地区の浮島がはっきりと描かれています。
広重は他にも「富士三十六景」「山海見立相撲」「房総名所うちわ絵」などのシリーズで、房総の風景を多数描いています。